「俺が先に隊長になってお前を部下にしてやるんだ!」
「楽しみにしてる。」
「もしお前が先に隊長なっちゃったら俺の事部下にしてね?」
「判った。」
That promise and do it remember?
空き地に基地を作って侵略者ごっこをしていたときの事を夢に見るなんてよほど
疲れてるのかと、はっきりと覚醒していない脳を起こすように重たい瞼をケロロ
は擦った。
僅かに体全体が重いことに気付き、そういえば昨日まで戦争してたんだっけと思
い出しながら寝相の悪さで崩れてしまったベッドから降り、冷蔵庫から水を取り
出して乾いた喉を潤す。
あの約束を彼は覚えているだろうか。
あれから何年も経っている。
当然子供である証拠の尻尾だって取れ、声変わりだってしてしまっている。
ケロロは未だ上等兵であり、一小隊の一人であるが隊長ではない。
あの約束をした彼は別の小隊で別の星で戦争をしているが、ケロロよりは上の階
級まで進んでいて今や伍長だ。
「戦場の赤い悪魔」なんて仰々しい二つ名まである彼は引っ張り凧で各地の戦場
に任務として行っている。
新兵で始めて戦場に出たのにその強さを認められて一気に兵長になりつい最近伍
長までになったのは、エリートではない兵士にしてみれば異常なまでの早さでの
出世。
そんな彼がもしあの約束を覚えているのだとしたら、先に彼が隊長になったらき
っと自分を部下にしてくれるだろう。
だが自分でもつい最近まで忘れてしまっていたあれを彼が覚えてるとは思えない
のもまた事実。
別々の小隊に配属されてから一度も会っていない。
同じ本部にいるというのに引っ張り凧の彼とはすれ違うことすらない。
覚えているかどうかなど聞きにいける機会など皆無に等しい。
それでも確かめたいと思ってしまう自分は愚かなんだろうかと思う。
いずれ会う日があったら確かめてみればいいのだろうが、その時嬉しさのあまり
に忘れてしまいそうだ。
いつからだろうか、幼馴染で友人だった彼をそれ以上に思ってしまうようになっ
たのは。
当然それは自分だけで、彼にとって自分は未だ幼馴染で友人だというのに。
あの約束を忘れていたとしても自分が隊長になって彼を部下にしようと思って頑
張っていたのは彼をそれ以上に思っていたからで、唯彼と一緒に居たいという浅
はかな感情があったからだった。
会えないことが苦痛で、彼が自分以外の隊長の下にいるのだという事実が苦痛で
しょうがない。
焦れば焦るほど失敗は続くし、失敗が続く程昇格は遠のいてしまう。
「隊長になる」ということがどういう事かはわかっている。
「素質」があれば「隊長」になれはするが、「隊長」になればクローンが作られ
今の体が死んでしまえばクローンが「隊長」として今の自分と摩り替わる。
精神汚染が認められればそれもまたクローンが今の自分と摩り替わる。
「ケロロ」という存在自体はなくならないが「今の自分」はなくなってしまう。
そのクローンは自分ではないのだから彼を今の自分と同じくして見ることはない
のだ。
彼の幼馴染で友人である「ケロロ」ではなくなってしまうのだ。
それは彼が「隊長」になった場合でも言える事。
二人とも隊長にはならなくても同じ部隊に配属されればいいのだが、「部下」を
決めるのは「隊長」であって自分たちではないのだから余程運が良くなければ同
じ部隊に配属されることはないだろう。
上等兵と伍長という階級の違いはあるが、失敗続きの自分と異例の昇格の早さの
彼が一緒になる確率は零に近い。
その選択肢は諦めざるを得ないのだ。
とすればやはりどちらかが隊長になってどちらかを部下にしなければならないの
だが、彼があの約束を覚えていないのだとすれば自分が隊長になるしかない。
しかし昇格の早さから言えば彼が先になってしまう方が可能性としては高い。
「ケロロ上等兵。起きているか?」
突如として部屋の外からかかった声に意識は己の思考の海から引き戻され、寝起
きのまま自分が水の入ったペットボトルを握り締めているのを思い出した。
「お、起きてるであります!」
戦争が終結して本部に戻ってきたのだから今日は非番だったというのに何の用事
だろうといぶかしみながらも扉を開ければそこには己の隊長。
また何か怒られるのだろうかと身を硬くしていたが、気持ち悪いほどに笑顔の上
官に寒気がした。
「すぐに支度をして司令室に来なさい。」
笑顔を崩さないままそれだけ言って上官は居なくなった。
突然の事過ぎて咄嗟に反応ができなかったが、言われた事を脳内で反復した後、
慌てて身支度を整えた。
司令室に来いということは軍服を着ていかねばならない。
適当に押し込んだクローゼットを開けてそれを出してみたが、当然のように皺く
ちゃだった。
急いで隣人の部屋の扉を叩き、「司令室に呼び出し食らった」と説明をし、皺く
ちゃの自分の軍服を見せると事情を察したのか隣人は快く軍服を貸してくれた。
階級章は取り外し可能だし、配属小隊章も取り外し可能だから問題はなく、それ
を急いで着て上官が待っているはずの司令室まで走った。
相変わらずの気持ち悪い笑顔のまま司令室前で立っていた上官は怒ることもなく
ケロロを連れて司令室へ入っていく。
その後を追いかけて中へ入れば滅多に会うことがない大佐、つまり司令官が正面
にこちらへ背を向けて座っていた。
「ケロロ上等兵であります。」
敬礼の姿勢を崩さずに声をかけるとそのままゆっくりとこちらを振り向き、思い
もしなかった言葉がかけられた。
「本日を持ってケロロ上等兵を兵長に任命する。以上だ。」
「は・・・」
昇格。
兵長ということは彼に一歩近づいた。
あと一歩で並べる。
先の戦争で失敗はあったものの、結果的にその勝利はケロロの働きによるものが
大きいという判断だったらしい。
「ありがとうございますっ!これからも精進いたしますっ!」
嬉しさのあまりに泣きそうになった。
これを彼にも報せてやりたい。
でもそれはできない。
だが、帰ってきた時にきっと教えてやろう。
そしたら彼は驚きながら喜んでくれるんだろう。
自慢してやるんだとウキウキしながら司令室を辞した。
自室に帰る時には上官も一緒で、道中は上官までもが自分の事の様に喜んでくれ
ていた。
「今日はめでたい日だな。二人も昇格者が出るとは。」
「我輩の他にもいるんでありますか?」
「ああ、そういえばケロロ上等兵、いや兵長とは同期だったな。」
同期なんて沢山居て覚え切れないのだが、一体誰だろう。
「戦場の赤い悪魔とか言われてたっけな。ギロロ伍長だよ。本日付で軍曹に昇格
するはずだ。彼が断りさえしなければな。」
「あー・・・そうだったんでありますかぁ〜・・・」
また一つ近づいたと思ったのにまた同じ二階級差だ。
諸手を挙げて喜べなくなった。
驚かしてやろうと思ったのに。
あまり嬉しそうじゃないなと上官に突っ込まれる前に取り繕うように少し大きな
声で喜んで見せれば、上官は突っ込むことなくまたニコニコと笑った。
「我輩これから実家に帰って報告するであります。非番だしね〜。」
笑顔を作ったまま上官にそう言って走って本部を出て行った。
実家に行くと言ったものの、こんな沈んだままでは行けやしない。電話だけにし
ておこうと携帯電話を取り出して実家へと電話する。
耳元で鳴る呼び出し音が無性に気に食わなかった。
しばらく待ってみたが出る気配は感じられなかった為、すぐに耳から離して電源
ボタンを押して通話を終了させ空を見上げれば、憎たらしい程に青く澄み切った
空があった。
あまりの憎たらしさに空を見上げる事を止め、すぐに地面へと視線を移す。
自分も昇格したのに寄りによって同じ日に彼も昇格。
縮まりそうで縮まらないこの距離に苛立ちを覚え、足元にあった小石を子供の様
に蹴飛ばした。
「昇格したというのに浮かない顔だな。ケロロ兵長。」
あまり聞き覚えのない声に顔を上げれば、長年会っていなかった彼の姿。
「なんでこんなとこに居るんだよ、赤達磨。」
「今朝帰ってきた所だ。すぐに司令官に呼び出し食らって寝る暇もない。」
「ねぇ、ギロロ・・・」
あの約束覚えてる?
そう聞こうとしたのに喉に言葉が張り付いて出てこなかった。
「軍曹だってね。まだ我輩追いつけないでありますなぁ。」
「でもお前隊長になって俺の事部下にしてくれるんだろ?」
「お前・・・あの約束・・・覚えてたの?」
聞けば照れくさそうに少し下を向いて頭を掻いた。
昔から変わらないその仕草に彼は変わっていないんだと何故か安堵し、安堵した
自分に少し驚く。
「忘れる訳ないだろ。お前じゃあるまいし。」
「な、なんでありますか、その言い草っ!」
実際忘れてたが、この際関係ない。
彼が、ギロロが覚えていてくれた事が嬉しくてしょうがなかった。
軍曹ともなれば「素質」があれば隊長になれる。
ギロロはエリートではないがもともと軍人一家の一人で、兄も父も階級は違えど
「隊長」になっているのだからギロロだって隊長の「素質」があってもおかしく
はないのだ。
「隊長になったら我輩の事絶対部下にしてよね〜ギロロ軍曹〜」
「ああ、その話だが。断った。」
「は?断ったって・・・なんでさ!馬鹿達磨!」
「お前が俺を部下にするんだろ?それに俺に軍曹なんてまだ早いと思ったしな。
実力がないのに階級だけ上がってるんじゃぁ意味がない。」
「ちょっとぉ・・・馬鹿じゃねーの・・・」
よりによって昇格を断ったなんて。
でも嬉しいのは何でだろうか。
「俺はお前が隊長になるのを待っている。今は、他の奴で「我慢してやってる」
だけだ。」
「もー・・・戦場の赤い悪魔なんて言っても我輩に言わせればただの赤達磨。」
「赤達磨だろうが馬鹿達磨だろうがなんでもいい。」
「つーか実力ねぇとかってそれ我輩への当て付け〜?」
「まぁそう思うなら早く隊長になることだな。」
「ギロロちゃんと待ってろよ。我輩より先に隊長なったらぶっ飛ばすからね!」
「はいはい。」
ギロロの事一つでここまで感情の起伏が激しくなっているとは正直言って自分で
も驚いていた。
昇格の話を断ったと聞いた時は本当に馬鹿なんじゃないかと思ったのもまた事実
で、それと同時にあの約束を覚えていてくれた事に感謝した。
多少記憶に違いがあるようだが。
ギロロとしたらケロロがいくらどっちが先に隊長になってどちらかを部下にする
と言っていても最初から自分がケロロの部下になるんだと決めていたのだろう。
それから数年後。
ケロロは軍曹に任命されると同時、辺境の星であるペコポン侵略に先行工作部隊
隊長としての命が下された。
隊長がまず始める事は部下の選抜。
ケロロは迷わずにギロロを一番に選抜した。
ギロロはあれから何度かあった昇格を断り続けて伍長のままでいた。
「我輩の部下になるんでありましょう?当然くるよね。」
「無論だ。お前がいらんと言うまでどこまでも付き合うぞ。」
「ヤッフー。頼もしいねギロロ君。」
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